私が踏み台昇降を始めるまでのお話 Vol.3

踏み台昇降の記録

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人生で初めての入院生活開始

2月23日
脳梗塞診断を受け、人生始まって以来の嵐のような1日を終え、泥のように眠った私は7時ごろ起床。

出来れば夢であってほしかったですけど、
もちろん病院のベッドの上です。
現実は時には残酷です。

費用の面から希望は大部屋だったのですが、私の入院した脳神経外科は空きがなくいっぱいらしく、通された病室は個室でした。
テレビも見放題。せめてもの救いはそこでしたね。

まぁ、大部屋が空き次第移動になるんですけどね。
看護師さんに病院の1日のタイムスケジュールを教えてもらいました。

 朝食 8時
 昼食 12時
 夕食 18時


え?? 夜ごはんから朝ごはんまでの時間おかしくない??
14時間も間が空くなんてこれまでの生活ではありえないこと。
先が思いやられます。

体調は相変わらず右半身に違和感はありました。
幸いなことに麻痺ではないです。ただ慢性的に痺れている感覚です。

日課として定められたことは毎食前に体温、血圧、血糖の測定と服薬。
それと朝と夜に1時間くらいの点滴。これだけでした。
あとは各種検査をこれから少しずつやっていくとのこと。

食事の時にはリハビリを兼ねてこれから退院するまで「ある事」をするように決めました。

それはこれです。
献立の紙に感謝や食事の感想をひとこと書くことです。
写真は25日のものですけどね。


食事を作って頂いている方達へ届くかどうかわかりませんけど、誰に対しても感謝を伝えることって大事だと思うんです。

なんていうのかな、今は社会から完全に切り離された状態なので猶更のこと
自分はここにいるっていう証になるのかな。
イミフでごめんなさい。

昼間に職場の方が面会に来てくれました。
シフトに穴をあけてしまって申し訳ないですけど
今はしっかり休むことに注力するよう言ってくれて嬉しかったです。

2020年2月23日 お見舞い

そして、お見舞いにハーバーもらいました。
看護師さんに聞いたら食べても良いって、めっちゃテンション上がりましたよね。

午後に家族も面会に来てくれました。
着替えやら身の回りのものが必要ですしね。
脈拍や心臓の活動を計測する機械が取り付けられているのでお風呂入ったり出来ないのは厳しいです。

思ったより体調も悪くないので、看護師さんに相談したら院内の売店がひとつ下の階にあるのでそこくらいなら行っても良いということになりました。

少しだけなら歩いても大丈夫ということで、少し病棟の中を歩いてみました。
みなとみらいの街並みが見えます。
ガラス一枚向こうなだけなのに、すごく遠くにあるように思えます。

2020年2月23日 みなとみらい

20年以上の時を越えて再び

2月24日
やっぱり動かないので体力が有り余ってるのか目が覚めるの異様に早いです。
5時には目が覚めました。

冊子をみると朝7時からやってるのかな?
その時間までテレビみて時間をツブしさっそく売店へ。

折り紙

そこで買ったものは折り紙。なぜ折り紙?? てなりますよね。

まぁ、それはさておき、いそいそと自室へ戻り
さっそく作ってみたのはこれ

かたつむり

これは カタツムリ 見えるかな? そして

宝船

これは 宝船。20年以上経っても、案外折れるもんですね。

ドラゴン

これは割と大作、ドラゴン!

なんでこんなもん折れるのか、というとそれには理由がもちろんありまして
大学生活中、勉学よりもサークル活動に全力を注いでいた私。

ボランティアサークルだったんですけど、その活動の中に大学病院の小児科へ遊びに行くというものがありました。

親御さんの面会も19時で終わりになりますのでそこから2時間、寂しくする子供たちと遊ぶんです。
折り紙はそこの患者さんだった子供たちに教えてもらったんです。


指先をとても使うので脳梗塞のリハビリに◎
集中力を養えるし
何より安い

これからしばらく、この折り紙の魔力にどっぷりと浸かることになります。

みなとみらいの夜景も撮ってみました。

みなとみらいの夜景

綺麗ですね。

次回へつづく