掛け替えのない大事なものが宿る場所

雑記 ーRandom Noteー

こんにちは。
お立ち寄り頂いてありがとうございます。
あなたとの出会いに心から感謝します。

このブログのコンセプトは
『いつもの日常に一瞬でもポジティブを』です。

人生楽しんだもの勝ち、ということで
ポジティブを少しでも提供出来たらうれしいです。

今日は『大切なものが宿る場所』
という話題でお話したいと思います。

では、スタートです。

『目に見えるもの』と『目に見えないもの』で
この世界は出来ています。

とはいえ、スピリチュアルなお話ではありませんし
誰しも分かっていることだと思いますが
再確認してみましょう。

———————————————————————

先日、『ファクトフルネス』を学んでいて
一番強く感じた気づきは
『情報は絶えずアップデートされている』
ということです。

例えば30年前、貧困に悩む人は世界中に3割
いましたが今は1割に減少しています。

飛行機事故は事故が起こると各社で情報共有が
成される条約のおかげで年に数件までに改善。

世界の平均寿命は年々上がり続け、2000年以降に
生まれた人のほぼ半数は105歳以上になることが
想定されています。

人口増加に至っては、ずっと右肩あがりになると
学校で学びましたが現在の研究ではおそらく
100~120億人で止まると考えられています。

貧困から抜け出すと、亡くなる家族が減るので
自ずと各家庭とも2人程度の子供を持つように
なる、との事がその裏付けです。

このような事を学ぶ中で、私が強く感じたのは
『知識は置識』であったということです。

知識を手に入れた時の状態を『100』とすれば
日がたつにつれて90、80とその鮮度は
下がっていきます。

学校で習った情報はそのほとんどが、
今現在ではさび付いていると思ったほうが
良さそうです。


得た知識は『その日の知識』なので自分はずっと
覚えていたとしても、その日へ『置いたまま』
なんですよね。

この意識があるのとないのは、より複雑化していく
情報化社会において、とても意味のあることだと
思うのです。

重要な決定をする局面においては、この
『知識は置識』であるっていうことを
思い出して欲しいです。

自分の信じていることは果たして今も正しいのか?
ということを疑う様にしていきましょう。

当時の当たり前は、その当時の人たちが思っていた
ことの集合意識なので、手に入れた時点でもう既に
過去のことでもあるんですよね。

人間の深層心理として、『自分のことを疑う』
いうのはとても難しいことです。

ですが、世の中で起きている失敗事例のほとんどが
『過信からきている』といっても過言では
ありません。

自分のことを疑う事さえできれば防げることって
たくさんあるはずです。

今回の『知識は置識』と一緒のことが言えるものが
もうひとつあると私は思っています。

それは『価値』です。
誰かが決めている、というものではなく大枠は
相対的に決められるものです。

コーラを作った人がこれは500円の価値がある!
と個人的に思ったとしても、その値段で売り続ける
ことは東京のど真ん中では恐らく難しいですよね。

世間一般の評価が価値として反映されていきます。
この『価値』も『価置』であると思っていた方が
良いと私は思います。

良く聞く話として、とあるヒット商品に頼っていた
企業が、時代の流れを読み切れずにヒットしていた
時の価値がまだまだあるはず、とそこに社運を
かけ続けた結果、悲しい末路を辿るというのは
残念ながらありますよね。

第2次産業革命の際には、馬車を引いていた馬を
叩くムチを作っていた職人たちが蒸気機関の出現で
職を失うことを恐れ機械を壊していたというのは
有名ですよね。

これは『ラッダイト運動』といわれ、このような
当時の風刺画も残されています。

一番はじめにお話した
『情報はアップデートしている』ということから
ものの価値も知識と同じく置いて行かれるもの、
『価置』という認識をもっておくことが
自分の身を守ることになりますね。

置識と価置。このどちらにも共通して言えるのは
『目に見えない物ほど現在の状態を
 正しく理解するのは困難』
ということなのかな、と私は思います。

目に見えないものこそ、大事にしていかなければ
いけないのかもしれないですね。

大切な人の心もしかり。
昔のままでいられないですよね。
(大きなお世話ですが)
しっかりとケアしていきましょう。

特に私は最近は踏み台してるし、このブログを
毎日書いているので大分寂しい思いを
させてしまっています。ごめんなさい。

人は目に見えるものには意識を払いますし
手に入れようと欲することが出来ますし
もちろん大事にしようとすることも出来ます。

ですが、目に見えるものの大半は交換がきくもの
であることが多いです。

高価なもので着飾って、超高級住宅で暮らし
高級車を乗り回したとしても、それはステータスで
あることは間違いないですけど、人間の本質は
きっとそういうところに宿るものではないと
思うのです。

そして、お話してきた『目に見えないもの』で
この世界でたったひとりのあなたや私は
作られているんですね。

知識であったり、価値であったり人のこころ。
このような『目に見えないもの』にこそ、
掛け替えのない大事なものが宿ります。
でも、そのほとんどは輝きを過去に
置いてきています。

当時の輝きを維持するには常に
アップデートをしていけるように
意識していきましょう。


では、最後までご覧いただき
ありがとうございました。

また次回☆ミ

人気記事書評レビューまとめ
人気記事私が踏み台昇降を始めるまでのお話